木漏れ日が優しい4月。
俺は、いつものように一人寂しい下校途中である。
べ、別に嫌だってわけでも、寂しいってわけでもないんだからねッッ!
――――訂正、すごく嫌だし、すごく寂しい。
何が悲しくて高校2年にもなって一人で下校せねばならんのだ。
この歳はあれだろ、リア充になってカップルヒャッホーーーイ! だろ!?
だが残念。俺――――須山京平(すやまきょうへい)は、生まれてこのかた恋愛等したことはない、所謂『人生の負け犬』である。
「って、本当に何が悲しくて自分で自分を馬鹿にしなければいけないんだか…………」
成績優秀、容姿微妙、運動苦手。これが現在の立ち位置である。
メガネはかけてないから典型的な眼鏡キャラにはならないんだな、これが!
……自慢にならない自慢をする俺って一体。
いや、成績優秀は自慢にはなるか。
ふふん、自慢ではないが俺は県内で3番目に頭がいいのだよ。
……そこ、誰だ。1番じゃないのかよ、とか自慢じゃないか、とか言った奴は。出てきなさい。何もしないから。
「俺は~悲しい~独り身~♪」
やべ、自分で言ってて何か悲しくなってきたわ。
でも泣かない、俺男の子だもん。
――――嘘です。今滅茶苦茶涙流してます。
「こん畜生。不平等だーーーーーーーーーーーー!!」
拝啓、母さん。
俺、いつになったら母さんに孫を見せられるのか少しだけ不安になってきました。
◆◇◆
翌朝、俺の日常は毎朝のコーヒーから始まる。
ただし、缶コーヒーだが。
「うぃ~、眠…………」
現在、コーヒー片手にトーストを頬張っている俺だが、そこに両親の姿はない。
簡単だ。親は朝早くから共働きである。
――と言っても、うちが貧乏なわけじゃない。どちらかというと少し裕福だ。
「まあ、その裕福な資産は殆ど全て貯金されるわけだけども……」
では何故? と思う人もいるだろう。
理由は簡単だ。俺の両親、所謂『仕事が大好きな人』だからだ。
お陰様で、俺はこうして自由に生活できるのだけれども。
「ん? もう時間か」
現在の時刻は7:36。家から俺の通う学校――――県立春雛(けんりつはるひな)高等学校(こうとうがっこう)へ向かうにはちょうどいい時間だ。
県立春雛高等学校――通称『春高』は、所謂進学校というもので、県内でもトップレベルである。大抵はどこかの大学へ進学するが、俺の知っている中には海外への留学をした人なんかもいる。
ちなみにここの生徒の大半は――――っと、話はここまでにしておこう。
これ以上無駄話をしていると学校へ遅れてしまう。
俺は缶コーヒーの空をゴミ箱へ投げ入れると、カバンを持って外へ出た。
どうしようもないくらいのんびりとした空気が今の俺には憎らしい。
「さてと、行くか」
俺はチャリを漕ぎ始める。
このチャリは俺が中学に入学した時に両親が買ってくれた最新のものだ。
5年経った今でもその性能を遺憾無く発揮してくれている。
家を出て、いつものように、また一人で登校する。
べ、別に寂しいってわけじゃ以下省略。
二度ネタというものは受けないのが相場なのである。
こんな感じの日常が、俺にはたまらなく嬉しかった。
どこかのラノベみたいに『アンタ私の奴隷になりなさい!』などと言われて様々な事件に介入するわけでもなく、どこぞのSOS団よろしく怪奇現象を楽しむわけでもない。
普通に過ごす。うん、やっぱりこれが一番だ。
「~♪」
俺の好きな歌手の歌を口ずさみながら自転車を漕ぐ。
どこかのラブコメなら大抵こういうところで可愛い女の子と正面衝突したりする『出会い』があるんだろうけれども、現実はそんなに甘くない。
――とはいえ、俺も一時期それを期待してはいたのだが。
本当に情けない。
◆◇◆
………………漕ぎ始めて約30分。漸く学校へ到着した。
桜の木々に囲まれているこここそが俺の通う春高である。
正門から入ってすぐ近くの駐輪場に自転車を止めて、学校へと歩いていく。
途中途中イチャついてる男女がいるが気にしない。
――――気にしないったら気にしないのだ!
「よ~、京平。お前も俺の仲間だよな~?」
「……朝からどうしたんだ、涼太。気持ちはわからなくもないけど」
「……だって、朝っぱらからこんなにカップルがいちゃついてるんだぜ? そりゃこうなるって」
ため息をついて空を見上げる俺の親友兼悪友――松野涼太(まつのりょうた)。
運動神経抜群、顔も良し。だが、それを打ち消すレベルでの変態さと頭の悪さでそこまでモテてはいない。
そこさえ直せばモテると俺は思うのだが、涼太曰く「俺からエロスを取ったら何が残るんだ?」とのこと。この変態め。
「あ~もうヤケだ! こうなったら放課後ナンパしに行こうぜ、ナンパ!」
「何でそうなるんだ!?」
本当にこいつの思考にはついていけない。
周りがカップルばっかり→ナンパ行こうぜ!
……どういう事だ、それ。
「そんな事をするより地道にチャンスを狙ってだな…………」
「……そんなんだからお前はモテないんじゃねえの?」
ぐっ………………、何故か言い返せない。
いや、確かに慎重すぎたが故に何か色々損してるような気はしてたけれどもだからといってモテないというのはどうかと思うわけだ。そこで、何故俺がモテないかという話に戻るわけだがだ…………
「ダメだ、思い当たることしかない…………」
「えぇ!?」
うん。思い当たることしかないや。
主に根暗だったり(学校のみで)、ガリ勉だったり(わりとマジで)、NEETだったり(半分だけど)。うん、これはモテない。
「絶望したッ! 俺の生き方に絶望した!」
「……今日のお前、大丈夫か? 何かあったのか? うんうん、大丈夫だ。きっと疲れてるだけなんだよ、お前は」
「いつもこんな感じなお前には言われたくないけどね」
「……お前らそこで漫才してるのもいいけど時間を確認したらどうだ?」
後ろから声をかけられて、俺と涼太は振り向いた。
そこにいたのは強面のガタイのいい男性教師――クラス担任の老原教諭だ。
「………………」
「げぇ!?」
時間は既に8:12。
急がないと遅刻扱いである。いや、もう遅刻だが。
「ほら、さっさと行った」
「「は、はいっ!」」
この人が来る前に教室に入ればセーフ扱いなので、俺と涼太は急いで教室へ向かう。
その後ろを、のんびりと老原教諭が追いかけてきた。
そしてドタドタと走って、二回へ登り、突き当りの教室へ駆け込んだ。
「ふぅ、間に合ったか」
教室へ着き、一息つく俺たち。
「マジで危なかったぜ。あの先生がうちのクラスの担任で良かったと思ったのはな」
「全くだ」
笑いながら、俺たちは席に着いた。
俺の席の前の席が涼太の席だ。愛憎と、両隣は男子で、どこかのラブコメよろしく隣同士の出会いというものはない。いや、あっても俺はモノにできないだろう。絶対。
「はぁ、欝だ…………」
「お前らまた遅刻しそうになってんのかよ。まあ、京は珍しいけどな」
「ん? お~慎」
話しかけてきた爽やか系イケメンを見る。
こいつが俺の隣りの席で、俺の幼馴染の石田慎太郎(いしだしんたろう)である。決して某ライダーシリーズの創作者ではない。
こいつは格好がよく、成績優秀。そしてスポーツ万能と恐ろしいほどにモテるというある意味最恐の男なのだ。……俺にとって、だが。
そして何故幼馴染ポジに女の子がいないんだ。ギャルゲなら間違いなくここに美少女がいるぞ。いや、幼馴染が慎(こいつ)とか、俺はBLに興味無いぞ!
――――うん、慎×俺の薄い本が女子のあいだに出回ってたとかきっと気のせいだな!
「ハハハ、まあ、うん。ドンマイ」
爽やかな笑顔を向けてくる慎。
やめてくれ、誤解が増える! …………むしろこれもモテない理由の一つなのか?
「ぬぅおおおおおおおおお…………」
「本当に大丈夫か、お前」
「……京はどうしたんだ?」
「……なんでか朝からこんな調子なんだよ。いや、モテないからだとは思うんだが」
うぉおおおおお、モテないモテない連呼しないでくれ。
俺の脆い心が悲鳴を上げてるぜぇ…………。
「……なんでだろうね? 京は結構いいやつなのに」
「……お前がいるからなのに気付いてないのか?(ボソッ)」
「……ん? 何か言ったかな?」
「……この鈍感め(ボソボソッ)」
それに関しては俺も激しく同意するよ…………。
幼稚園の頃からだけど慎はモテてたからな。俺何でかかなり相談されるし。
しかも、それに気がつかないしな、慎。
畜生、イケメンめ。
ガラガラ
少し話していると、老原教諭が教室へ入ってきた。
「座れー。HR(ホームルーム)はじめるぞー」
今日もいつもと同じ学校生活が始まった。
◆◇◆
「あ~、疲れた」
昼休み、いつものメンバーで俺たちは食堂でグダっていた。
「何で老原教諭俺ばっかり当てるんだよぉ…………」
「涼太が馬鹿だからじゃないかな?」
「うるせっ、わかってることだから言うな。虚しくなる」
「だったら授業中くらい起きてろよ……フォローがどれだけ面倒だと思ってるんだ」
「……~♪」
口笛を吹き始めた涼太に、俺は少しイラッときて、ついつい‘得意な’ドイツ語で話しかけてしまった。
「Deshalb ist diese Transformation.(この変態め)」
「え?」
「Ich denke, das eine Rolle?(どうかしたのかな?)」
「…………」(ぷしゅー)
「あちゃー、オーバーヒートしたか」
隣で慎がそう呟く。
そりゃあ、頭の悪い涼太にこれを理解しろというのは鬼門だろう。
「流石にドイツ語はないんじゃないの? いくら曽祖父がドイツ人で親がバイリンガルだからってそれはないだろ」
「いやーさ、なんかこう…………つい」
目の前で目を回して倒れてる涼太を見るとやりすぎたかなー、なんて思わなかったわけでもないけれども、1年の付き合いでコイツがどれだけ回復が早いのかを知ってる俺としては別に気にしなくなっていた。
「おい、京平! その訳わかんない外国語やめろよ!」
「ほら、復活した」
「聞いてるのか!?」
「どうどう。今回のは君が悪いと思うぞ、涼太。勿論少しイラついたからってドイツ語で話す京もだけど」
「「………………」」
慎に言われてちょっとバツが悪くなったのか目を逸らす俺と涼太。
良太が調子に乗って俺がキレて喧嘩になって慎に止められる。これが俺たちの普通(にちじょう)になっていた。
この光景は、何故か一部では既に名物扱いされ始めている。
いや、学校ではほぼ毎日行われてるからそうされても不思議ではないと思ってる俺がいるのだけれども。
「……そうだ、今日の放課後どうする~?」
この雰囲気をブチ壊すかのように、涼太が話し始める。
今日の放課後か…………。
「家帰って飯食って勉強して寝る」
「かーっ! つまんねえ奴だなー。お前は? 慎太郎」
「俺は今日は部活があるんでね」
「お前もかー」
ああ、そうか。慎は部活があるのか。
慎はさっきも言ったとおり、運動も得意で、現在は弓道部に所属している。
本人曰く「上手く出来ない事をやりたいんだ」とのこと。
全く理解できん。
「全く、お前らはこう…………青春を謳歌したいとは思わないのか!?」
「十分謳歌してると思うけど」
「……まあ、慎太郎はしてるとしても。京平! お前はどうなんだ!?」
「……え? 俺?」
「モテないからといって諦め! 勉強ばかりして、そんな暗い学校生活が楽しいか!?」
ザクッ! ザクッ!
言葉の刃が俺に突き刺さる。
「だよなぁ、どうせ俺はモテないもんな、勉強しかできないもんな、学校生活暗いもんな……………アハハ……………………」
「悪い、禁句だな。まあ、それはいいとして。俺はこの瞬間に決めた!」
……何を? と思わないわけでもないがもう何も言わない。
涼太がバカをやるのはいつものことだからだ。
「俺は――――――――――新たな部活動を作る!」
…………はぁ?
――――――――この瞬間から、俺の日常は崩れ去り、新しい、珍妙奇天烈な日常が始まったのだった。